神戸市が密集市街地で整備を進めている「まちなか防災空地」について、担当者のヒアリング、現地の見学などをおこなってきました。
都市公園とは違って、目的が限定される特殊なオープンスペースですが、都市部の抱える様々な問題の解決に繋がるいくつかのヒントを得ることができたと思います。
■背景
20世紀、わが国の大都市が拡張していく中で、公園や道路などのオープンスペースが十分に確保されないまま多数の木造住宅が密集して建てられることがありました。こうした地区は密集市街地と呼ばれ生活環境や防災面での問題が多いのですが、とくに防災面からの問題点は、木造住宅が密集しているために火災時の延焼が起こりやすいこと、道路が狭く入り組んでいるために緊急車両が入れないこと、避難経路や避難場所が十分に確保できないことなどが挙げられます。
また、そもそも建替や改築も困難な場所が多いため、建物が老朽化し震災時には倒壊や圧死の恐れもつきまといます。
さらに言えば、そうした悪条件が住宅の更新や中古住宅としての流通に対してマイナスに働く結果、管理されない空家の増大、若い世帯からの敬遠、住民の高齢化などの悪循環にも繋がります。
このため、こうした地区を多く抱える東京、神奈川、大阪などの自治体では、建物の不燃化・耐震化、避難経路や空地の確保、老朽建物の除去など改善に向けた取り組みをおこなっています。
【関連資料】 国土交通省報道発表-「地震時等に著しく危険な密集市街地」について
さて神戸市では、そのような地区への対策として『密集市街地再生方針(平成23年3月)』を策定し、(1) 燃え広がりにくいまちづくり、(2) 建物が倒壊せず避難が可能なまちづくり、に優先的に取り組んでいます。
この一環として、神戸市では「まちなか防災空地」の整備を進めています。
■概要
「まちなか防災空地」は、火災時の延焼を防止するため、民有の老朽木造建物を除却し(すでに空地になっている場合も実施可)、その跡地を地域の防災活動の場として活用するもので、平成24年度から始まっています。
基本的な仕組みとしては、空地を土地所有者から神戸市が無償で借り受け、まちづくり協議会等の地元組織が整備及び維持管理を行うもので、このために市、土地所有者、まちづくり協議会等の三者で協定を結びます。
対象となる空地は、前述の再生方針に基づいて定めた市内4地区にあり、少なくとも3~5年以上の提供が可能な民有地で、まちの防災性向上に役立つ位置・区域・面積であることなどの基準が設けられています。
こうしてできた空地は、災害時には⼀時避難や消火活動スペースとして、日常は広場など地域住民の交流の場として利用することにより、まちの防災性と併せて、暮らしやすさや地域魅力の向上に繋げます。
また、この事業では、土地所有者に対しては老朽建物の解体費助成、まちづくり協議会等に対しては整地や施設整備に対する助成があります。
【関連資料】 神戸市市政情報-密集市街地の再生 、 まちなか防災空地整備事業(pdf)
1.垂水区 城が山の事例
第1号となった垂水区城が山では、もともとアパートがあったものの火災にあって空地になり、そのまま放置されていた場所が「まちなか防災空地」になりました。
この整備によって、北側に隣接するアパート内の通路も使って二方向に避難ができるようになっています。また、簡易水道消火装置(普通の水道栓に繋いで使用する初期消火装置)の設置により、地域住民等による初期消火活動が可能となりました。
敷地の半分程度は広場、残り半分は菜園となっており、平常時はコミュニティ活動の場として利用できるようになっています。
2.垂水区 泉ヶ丘の事例
城が山の事例から200メートルほど離れたところにある垂水区泉ヶ丘の事例では、道路角地にあたる用地を一時避難場所、緊急車両等の回転場所として利用できるように整備されました。
全体がコンクリート舗装され、施設もベンチなど最低限のものだけですので、城が山の事例と比べると日常的な利用は限られるように思います。
また、この「まちなか防災空地」の近くでは、別事業(緊急避難サポート事業)により、地震や火災などの緊急時に安全な避難をおこなうため、二方向避難(火災や住宅倒壊などで避難路が塞がれても、もう一方に逃げられるようにする)を可能とする緊急避難施設(扉・階段)が設置されています。
【関連資料】 神戸市市政情報-神戸市初の「緊急避難サポート事業」により東垂水地区で行き止まり道路が解消されました
3.兵庫区 湊川町の事例
兵庫区湊川町の事例は、起伏の多い住宅地内の戸建て1軒分くらいの敷地の中に、広場と菜園が設けられています。出入り口付近は明るい色あいの舗装もされていて、一見するとコミュニティ菜園にしか見えません。
敷地の中央に水栓、道路近くにプレハブ防災倉庫が置かれており、防災倉庫の中には簡易水道消火装置が収められているそうです。
4.長田区 駒ヶ林町の事例
長田区駒ヶ林町の事例は、1~3までの事例とは経緯が異なり、以前からのまちづくり活動の中で確保されていた借地の広場(東所やすらぎ広場)を「まちなか防災空地」に位置づけ直したものです。
このため樹木植栽や健康器具などが整備されており、外観的にも他の事例とは異なって見えます。
このほか、この周辺では「近隣住環境計画」により、建築基準法の水平距離指定の緩和等の手法を活用して2.7メートルの道路幅員でも建替を可能とするルールを定めるなど、「路地を活かしたまちづくり」にも取り組んでおり、地区の特色を活かしながら安全・安心なまちをつくる取り組みが進められています。
【関連資料】 長田区駒ヶ林町で路地を活かしたまちづくりが進んでいます(pdf)
5.灘区 福住通の事例
今年の3月に完成したばかりの最新の事例で、同じ道に面して30メートルほど離れた2ヵ所が同時に整備されています。
これまでの4ヵ所と比べても条件の悪い場所で、前面の道は自転車はおろか、人がすれ違うのも危なっかしいほどの路地になっています。おまけに地区全体がひな壇造成されており、路地の端からは1メートルほどの落差があって高齢者の事故などが心配なところです。が、それだけに小さな「まちなか防災空地」でも効果的だと考えられます。
西側の1ヵ所は2本の路地に面しており、「まちなか防災空地」を通って複数方向への避難が可能な立地になっています。その分、照明灯のほかには目立った整備はおこなわれていません。
外周部と中央部で舗装を変えてあるのは、「レンガ敷は通路ですよ」という意味なのか、あるいは「将来的には最低限これくらいまで路地を広げたい」という意味なのか、なんらかの意味あいがあるように思います。
東側の1ヵ所は3方を住宅に囲まれており、通路・避難路よりも広場としての役割の強いものになっています。
消火ホースが常備されており、完成記念式典の折には消火訓練も実施されたようです。
■まとめ
以上、神戸市内6ヵ所の「まちなか防災空地」を見てきましたが、どこもこれだけで防災対策が万全になるわけはなく、あくまで地区全体でのハード・ソフトを含めた防災対策を延々と進めていく一環であることが強く感じられました。
また、密集市街地の多くは土地所有、建物所有、賃貸などの権利関係が複雑なため、この先どれほどの事業実施が可能となるのかが不安でもあります。
さらに、地元の人しか行かないような奥まった場所で、維持管理はすべて地元負担となっているため、将来的にもコミュニティ活動が維持されなければ、歯抜けの住宅地に荒れた空地ばかりが増えていく懸念もあります(植栽を入れずに舗装地ばかりにしているのは、そういう意味では正解です)。
ただ、どの密集市街地も立地や交通条件などは良いため(だからこそ、危険なほどに多くの住宅が集まっているわけですが)、徐々にでも改善を進めていくことで都市部の魅力向上に繋がることが期待できます。
なんとか、こうした空地を活かしたご近所づきあいを深めながら、じわじわと住み良いまちづくりを続けていきたいもので、そのためには行政も我々コンサルタントも、息の長い支援が必要になってくると感じました。
(恵)